近くに配偶者がいるとモラハラしたくなっちゃう(モラハラ欲)


この記事は、かなり深く、長い間、モラハラの考察を続け、モラハラに関する本も多数読んだうえで書いています。


モラハラ状況は、第三者から見ていると、「どうして被害者はたいして悪いことをしていないのに、そんなにひどいことを言われるんだ」という疑問を感じざるを得ないものです。


モラハラを受けている当の被害者は、相手が不機嫌になっていることに心の方が先に反応してしまい、客観的には悪いことをしていないのに、罪悪感のようなものが生まれてしまい、状況を客観的に把握しにくくなります。

または、状況(自分は悪いことをしていないこと)を客観的に理性で理解していても、相手が不機嫌になっていることが、自分の心に影響し、不快な感情が生まれてしまい、やはり、冷静に客観的に状況を把握しにくくなります。


しかし、第三者の目で、被害者からモラハラ状況の話をきいていると、上記のような疑問が生まれます。



この疑問に対しては、モラハラ的言動の原因は、加害者のコンプレックスなど、加害者の中にだけあるものだ、という説明をしています。


加害者の中には、被害者の言動とは関係なしに、「ナニカ」が存在しており、何らかのことをきっかけに、または、まったくきっかけなしに(たまたま虫の居所が悪かっただけで)、モラハラ的言動が発動する、というイメージです。


その状況を表現したのが、「モラハラしたくなっちゃう」「モラハラ欲が生じる」という言い方です。


これは、モラハラが生じる状況について、かなり的を得た説明になっていると思います。


つまり、モラハラ的言動というのは、何らかの原因となる出来事がなくても発生し得ると見た方がよいということです。


通常、人は、何らかの原因があって、結果がある、という、原因→結果、の因果関係を想定して行動しています。


それにより、他人の行動を予測することができ、円滑な社会生活を営むことが可能となるからです。


しかし、モラハラ加害者がモラハラ的言動をする時は、原因となる出来事が特に起きてないことがある、ということです。


モラハラ加害者は、もともと(被害者と無関係に)、常に、自分の中に、モラハラの原因となる「ナニカ」を持っていて、それが、「被害者が単にそこにいる」というだけで発動され、モラハラ的言動を実行する、ということです。


これは、アルコール依存症の人が、目の前にアルコールがあると欲求を刺激され、飲まずにはいられなくなるのと同じような状況だと思われます。


このように考えると、被害者が、「なぜこの人はこんなに怒るのだろう」などと考えることはまったく無意味ということが言えます。


モラハラについてあれこれ考えることは無意味で、被害者の思考とは無関係なところで、加害者の中で、モラハラ欲求は発生している、ということが言えると思います。



そして、この、「原因となる出来事がない」ということが、被害者の苦しみを大きくしている面があります。


モラハラ的言動に原因となる出来事があれば、それが発動されることを予想することができますし、あらかじめ原因となる出来事を排除することも可能となります。


しかし、それができないことにより、被害者からすれば、モラハラ的言動を予想することができず、「普通に過ごしていたら、突然相手が不機嫌になり、急に家の中の空気が険悪になる」という状況がおきます。


それに、被害者自身、「怒られるような悪いことをした」という出来事があれば、相手が怒ることにも納得できますが、被害者には悪いことをした覚えがないわけですから、被害者の中には、「わけがわからない不快感」「出口のない苦しみ」のようなものが生じることになります。


しかもこれが、加害者に自覚がないため、日常的に繰り返されるとなれば、肉体的暴力に勝るとも劣らない、非常に悪質な言動が加害者によって実行されている、ということになります。




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